11日の地震、東京 

2011/03/13
 大震災で被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。

 11日のそのとき、私は友人と丸の内にいました。

 パリ発・話題のカフェ「ローズベーカリー」で、お野菜たっぷりのキッシュランチを食べ終え、デザート選びに頭を悩ませ、はしゃいでいたそのとき・・・。

 グラグラゆれ始めた。

 「地震!」

 それもどんどん横揺れが大きくなり長い。

 「ここは最新のビルだから外に出ないほうが安全だよ、外はガラスが落ちてくるかもしれないし。火は止めた? ドア開けて出口確保して。」動揺するなか、友人が冷静な言葉をつぶやく。

 地震のないヨーロッパから来ているワーキングホリデー(たぶん)女子スタッフは、震え上がって泣き出してしまった。友人は彼女を抱きしめた。

 「震度いくつだろう?」

 「今動いてもたぶん電車ストップしているよね。」

 「お留守居のワンコ大丈夫かな?」

 この時点では、この地震が想像を超えた災害になっていることなど知らなかった。携帯はメールも通信も不通。館内放送も震度と震源地と、交通ストップの情報に留まった。キャロットケーキを食べた後、友人とお互いの無事を祈り、別れ、私は等々力行きの東京駅丸の内バス停へ向かった。17時ちょっと前、バスは動いているだろうと思ったから。

 停留所に着くと、そこはすでに人であふれていた。南部へ帰宅する人たちで、等々力行きのバス待ち行列がとぐろを巻く状態。冷たい北風ビル風の中、何の情報も入らない、とれないまま、ただバスが来るのを待った。歩けばよかったかもしれないけれど、二次災害の恐れがあるから動かないようにとの指示に従った。

 20時過ぎ、3時間待ってやっとバスに乗れた。が、出発はしたものの、大渋滞でなかなか進めない。私の携帯は通話もメールも不能状態、車内ではワンセグなど持った人がそのつど状況を車内につぶやく。銀座線と三田線一部動き出した、とか、そのたびに、バス停以外でも安全な場所でドアを開けてくれた運転手さん。さぞしんどい運転だろうと感謝しながら、私も日比谷線と東急線が動いた情報を聞くと、神谷町付近で降ろさせていただいた。すでに日にちが変わろうとしていた。

 こんな事態になりながら、パニックにならず、行列に横入りもなく、野次を飛ばす人もなく・・・日本人って辛抱強い、すごいことだ。

 深夜帰宅後、家族とわんこと家の無事を確認した。しかしテレビを付けて呆然。被害の甚大さに心が痛む。

 PCを開けるとハンガリーとドイツの友人から、心配メールが入っていた。海外でも大きなニュースとして報道されていると。その気遣いが心にしみた。すぐに返事をした。

 ついていけないほどの情報社会になったはずなのに、丸の内のど真ん中にいても、何が起こっているのかわらないままだったあの半日。情報がない、という不安はどんなことか、いろいろ考えさせられた。
 
 今出来ることは、節電、無駄なエネルギーは使わないことだろうか。。。
by fruitsnoirs | お菓子以外のつぶやき 
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